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2013年3月

2013.03.21

彼岸

暑さ寒さも彼岸までというが今年は5日を過ぎてようやく庭の梅が咲き出し一気に春が来た。しかし春分の日には桜が咲き出した。はやすぎるなぁ・・・

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2013.03.15

零戦

先日 確定申告に行った折 旧日本海軍の零戦で唯一、製造当時のエンジンを積み、今も飛行可能な機体が所蔵先の米国から17年ぶりに里帰りしたのを、航空発祥記念館で見て来た。

 機体は太平洋戦争中の1943年に製造された零式艦上戦闘機52型。配属先のサイパンの飛行場が米軍に占領された際、ほぼ無傷の状態で収容されたもの。零戦研究などに使用された後、米カリフォルニア州のプレーンズ・オブ・フェーム航空博物館が購入し展示。栄21型エンジンを積み、現在でも年間15~20時間、空を飛んでいるという。

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零式艦上戦闘機(れいしき)は第二次世界大戦期における大日本帝国海軍の主力艦上戦闘機。零戦(ぜろせん、れいせん。”ゼロ戦”とも)の略称で知られている海軍の艦上戦闘機としては実質的に最終型式で、日中戦争の半ばから太平洋戦争の終戦まで前線で運用された。

零戦は太平洋戦争初期、2200kmに達する長大な航続距離・20mm機関砲2門の重武装・優れた格闘性能によって、米英の戦闘機に対し圧倒的な勝利を収め太平洋戦線の占領地域拡大に貢献し、米英パイロットからは「ゼロファイター」の名で恐れられた。零戦の性能は太平洋戦争初期には米英戦闘機を凌駕した。しかし大戦中期以降には、アメリカ陸海軍の対零戦戦法の確立、アメリカ陸海軍の新鋭機の大量投入、多数の熟練した零戦搭乗員の戦死によって、零戦は劣勢に追い込まれた。零戦は大戦末期には特攻機としても使用された。 

 諸元   全幅 12.0m  全長 9.05m  全高 3.53m (以上ウィキペディアから抜粋)

見たとおり 小ぶりで可愛らしい飛行機であるが その性能には 凄いものがある。

若い頃 吉村 昭の零式戦闘機 (新潮文庫)を読み感動したことを懐かしく思い出す。

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2013.03.11

あれから二年

あれから2年経った。明るい復興のニュースも多く報道されるが総じて遅々として進まない印象が強い。

亡くなられた方 15.881人 行方の分からない方2.668人 避難生活を送っている方 315.196人。

一日も早い復興を祈るのみである。 (合掌)

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2013.03.01

彌生・三月

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春の気配が濃くなってきた。今日は春一番のような強い風が吹いている。

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サザンカも終わりに近づき庭の梅も咲き出した。

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